西メボン遺跡とは
About West Mebon Remains
アンコール・トムの西側にある大きな長方形の貯水池 「西バライ」の中には小さな島があり、そこに西メボン寺院の遺跡があります。
バライを護るためのヒンドゥー教寺院として11世紀末に創建されました。
寺院はほとんど倒壊しており跡形もありませんが、寺院周壁の回廊と塔門の一部がまだ残っています。
これらには、西メボンを造ったウダヤーディチャヴァルマン2世が同じ頃にアンコール・トム内に創建した寺院バプー・オンとよく似た、繊細で彫が使いレリーフが施されています。
西メボンの形見としてわずかに残された塔門やまぐさ石には、植物のツルや葉、花がリボンのように連なり、その下には葉の形の文様が渦を巻いている装飾を見ることができます。
きっと、今は失われてしまった壁や祠堂には、バプー・オンのように神話を題材にした彫刻も多数あったのではないかと推測されます。
西メボンがある中央島は小型で、約100メートル四方の人工の島です。
同じく意図的に建設された東西8キロ、南北2.1キロの長方形の形をした西バライの中にあり、バライの西側ボート乗り場から船で約10分で到着します。
かつて乾季の頃には徒歩で西メボンへ渡れたそうですが、2012年からの修復工事の後はバライ西側は1年中水が湛えられているため、船で渡ることが一般的です。
ただし雨が多すぎて洪水の危険がある時や、シェムリアップ全体が干上がっているような干ばつの時にはボートは運休しています。
西メボンの歴史と見所
西メボンがある西バライは、スーリヤヴァルマン1世とウダヤーディチャヴァルマン2世の2代の王の時期に造られ、完成は11世紀末頃と言われています。
残されている碑文には、バライに関する情報は少なく何の目的で造られたかはわかっていませんが、稲作のために使われていた貯水池であったという説と、ヒンドゥー教の神々が住むメール山麓(須弥山)の海を表しているという説があります。
貯水池だと考えると土手の周囲には灌漑水路が残されておらず、雨季には土手から水が氾濫し、乾季は溜めた水を土手の一部を壊して水を流したのではないか、と学者たちは考えています。
一方、宗教的に考えると、その立地からは東側に隣接するアンコール・トムの寺院をメール山に見立て、寺院から見下ろすと大きな海が広がるように西バライが造られたのかもしれません。
そしてその水は聖なるクメール山から川床のリンガを通って清められ、聖水となってシェムリアップ川を流れ西バライに溜められたのだと、言われています。
どちらにせよ、西バライだけではなく当時のバライ建設の意図には謎が多く残されたままです。
ところで西バライの中心に位置すると言われる西メボンは、地図で見ると真ん中よりかなりずれているようです。
しかし西メボンより100年以上前に造られた東バライの寺院 東メボンや、100年以上後の北バライの中心
ニャック・ポアンがそれぞれのバライのちょうど中央に建設されていた技術を考えると、西メボンもかつては西バライの中心部にあり、当時の西バライはもっと広大で東に位置するアンコール・トムの近くまで造られていたと考えられるでしょう。
現在残っている西メボン寺院の遺跡は、回廊の一部分だけです。
そこにはウダヤーディチャヴァルマン2世がアンコール・トムの都城内に1060年頃に建てた、バプー・オン寺院によく似た装飾を見ることができます。
ラテライトと砂岩で出来た西メボンの塔門には、花や葉が帯状に連なった花綱の下に葉やツルが渦を巻いているような彫りの深いレリーフが映えていて、美術史ではバプー・オン様式と呼ばれているデザインです。
塔門と回廊は年々傾き倒壊してしまうため、アンコール遺跡群の修復計画の対象となっています。
わずかに残る壁
穏やかな暮らしが垣間見える
遺跡に住まう人々
島の中心部分には池があります。
その池の側には古い井戸があり、その中からヴィシュヌ神のブロンズ像が1938年に発見されました。
発見されたヴィシュヌ神の姿は壊れて上半身だけでしたが、残されていた部分だけでも高さ1.14メートル、幅2.17メートルもの大きさで、元は6メートルほどの大きな彫像だったのではないかと推測されています。
ヴィシュヌ神とはブラフマー、シヴァと並ぶヒンドゥー教の三大神の一人で、世界を危機から救う恩恵と救済の神様です。
その手は4本あり、それぞれに宝珠、ほら貝、円盤、棍棒を持つ姿で表され、頭には宝冠をかぶっている姿で描かれることが多く、今でも人々の信仰を集めています。
この井戸から見つかったヴィシュヌ神の彫像は、右手を枕に横たわる姿をしています。
古代インド神話では、現世が作られる前には蛇神ナーガの王アナンタとヴィシュヌ神だけが存在し、混沌の池でアナンタに横たわったヴィシュヌが4000年瞑想した、という物語があります。
きっと西メボンのヴィシュヌ神も、元々は聖なる蛇アナンタの上に横たわる姿だったのではないでしょうか。現在その青銅彫刻はプノンペン国立博物館に収蔵されています。
なお、この井戸はリンガを逆さにしたような形に造られており、その下は西バライにつながっているそうです。
西メボンを創建したウダヤーディチャヴァルマン2世だけが、この井戸の水面から西バライの水量を測ることができたと言われています。
古い井戸
回廊の一部分
巨大な貯水池に圧倒される
池にも地元の言い伝えがあります。かつてこの池で王様がワニを飼っていると、王女がワニの池に落ち食べられてしまうのです。
王様がワニの腹を裂くと王女はすでに亡くなっていました。王様は怒りと悲しみから、王女の葬儀にそのワニを吊るしたそうです。
それ以来、カンボジアでは寺や民家でお葬式を執り行う際に、ワニの形をした布を吊り下げる風習が残ったと言われています。
20分もあれば島を一周してしまうような小さな遺跡ですが、西メボンから振りかえると西バライの岸がはるか彼方に見え、1000年以上も前にこんなに大きな貯水池を造ったのか、と改めて驚かされるでしょう。
サンセットの名所とも言われる西バライですが、西メボンへは明るいうちでないと渡ることはできません。
西メボンの場所(Google MAP)
シェムリアップ中心から車で30~40分くらいの場所に西バライのボート乗り場があります。西メボンへはそのボートをに乗って約10分くらいで到着です。
西バライは修復されボート乗り場の付近には1年中水があることが多いのですが、まれに干ばつや洪水で船を出せない時もあります。
s
西バライは地元の人々の水遊び場として人気があり夕陽が美しい名所の1つと言われていますが、暗くなると強盗の危険もある場所なので単独行動は避けてください。