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ホイアン「幻惑のフェイクメモリーズ」 - ホイアンと周辺の観光スポット
売れ残り作家が行く!アジア旅行記
旅を通して現地のおすすめ観光スポットや近況を
ちょっとミステリーにご紹介します
旅人・作家:山部拓人
「僕は大変な勘違いをしていたのかも知れません」
ストローハットを被り直すと、その男性は確信を込めたように言いました。
前に一度、同じツアーになった時の事です。彼は僕の一回り近く下の29歳。
男の一人旅同士で、何となく話すうちに仲良くなりました。
成田離婚、と言う言葉は今もあるのでしょうか?一応は別居の形をとっているそうですが、彼いわく秒読みだとか。
旅先での些細な行き違いが元で、楽しいはずの新婚旅行がファイナルツアーになってしまったそうです。
二度も結婚に失敗している僕は『センパイ』と呼ばれて、苦笑いをしたものです。
幻想的な無数のランタンが夕闇に映えます。
ここホイアンは、古くからの情緒を残す港町として有名です。人口は約8万人強。言語として使われるベトナム語が、北部に南部に中部なまりと、入り交っているのも土地柄をうかがわせるものでしょう。
ホイアンの歴史はチャンパ王国の時代からはじまり、その後は貿易港として発展していきました。
17世紀から起こった貿易により日本や中国とも親交を深め、複数の建築様式が混じり合う建物が今でも数多く残っています。
アクセスとしては、ダナンの中心市街地から車等を使い約30分強。
交通の種類はタクシー、バス、バイクタクシーのいずれかとなります。
それほど長い道のりでもないので、タクシーで行っても負担にはならないかも知れません。
バスは循環バスが通っています。ダナンの中心市街地からであれば、ダナン大聖堂の前で乗ることが可能。
バイクタクシーは安く行くことができますが、田園の中をひたすら猛スピードで直進するのでご注意を。
これ、風当たりがもの凄く強くて、ホイアンに到着したころには、若干くたびれてしまっている人も見かけます(笑)。
市内に着けばまず、歴史的な建造物が目に飛び込んで来るでしょう。
そして、それらが建ち並ぶ中に軒を連ねて、趣きのある民家がぽつぽつと目につきます。
その背景には、この地にまつわる歴史のうねりを感じずにはいられません。
日本が本格的な鎖国に入った17世紀の後半、清朝と鄭氏台湾との対立から遷界令が出されたことは、大きな変化をもたらしました。この地域の交易を停滞させ、一時期の繁栄は奪われていったのです。
1770年代には、西山党の乱により町が完全に破壊されますが、後に再建。19世紀まで再びの栄華を見ます。
しかし、ホイアンと南シナ海を結ぶトゥボン川にも、長い歳月をかけた大きな分岐点が待っていました。
海流等の影響で蓄積された土砂が、川底を浅く変えていってしまっていたのです。
これによって、大型船の往来に支障を来たす事となります。国際貿易港としての繁栄は、ダナン港へとバトンが渡されました。
一方で街並みは、凝縮されたきれいな形で残りました。
ベトナム戦争時代にも、軍事拠点とはならなかった為に爆撃のターゲットから除外。
ミーソン遺跡等のように破壊されることもなく、現在に至るまで当時の繁栄ぶりを伝える場所となったのです。
現在のホイアンは、お土産から観光に食事にと、どれをとっても訪れる人達を楽しませてくれる、優秀な旅行スポットと言えるでしょう。
更に僕たち日本人に親しみやすい点は、コンパクトでもある点。
コンビニの店内みたいに、それら全てが小さなエリアにまとまっているのです。慣れてくれば足で歩き回れます。
具体的に世界遺産登録がされているのは、ホイアンの目抜き通りのチャンフー通りとバクダン通りと、その一帯。見てまわるだけでも、充分楽しめる町並みは情緒豊かで風情があります。
足に自信がない人は、シクロ(人力車)等を使えば心配もないかと思います。
そうそう。ホイアンには三大名物と呼ばれる料理があります。
それは「揚げワンタン」「カオラウ」「ホワイトローズ」。
この三つは、ホイアン以外ではなかなか食べることができないので、是非全て食べてみてほしいです。
〈世界中の食べ物が集まる〉と言われる東京でも、まだまだ紹介し切れていない次世代のグルメでしょう。
いや。でも、個人的な勘で言えば、コンビニ弁当の本格的なベトナムフェスタとかも、そろそろありそうですが(笑)。
更に更に、その他にも「ミークアン」「コムガー」も組み入れた、四大名物や五大名物説もあるんですよ。僕みたいに食い道楽な人なら、市内を一日中、食べ歩きしてみてるのもお薦めです。
散策のポイントとなるのはチャンフー通り。ここの目抜き通りとなる、長いストリートです。
道中いくつもの土産物屋や露店、華僑の人々の集会所や寺院を見ることができるでしょう。
外国人観光客も多く、みんなスマホや自撮り棒を手にインスタグラムなど、SNS映えする写真を撮ろうと躍起になっています。
また、ホイアンを代表する建築物である日本橋(来遠橋)があるのも、ここチャンフー通りの端です。
1593年に日本人によって建設されたとも言われていますが、日本人と中国人、ベトナム人が共同で造ったとの説もあります。
小さな寺院を内包した木造の屋根付き橋と、それを守護する木彫りの猿と犬が二対。ちょっとした見ごたえを感じさせる建築物です。
当時はこの辺りに日本人街や中国人街があったと聞きますが、実際に橋のどちら側にあったのかはわかっていません。
ベトナムの2万ドン札の裏にも印刷されており、ホイアンのシンボルとして観光客が必ず立ち寄る観光スポットです。
基本的には観光チケットが必要ですが、橋を通り過ぎるだけだとチケットを要求されないという、不思議なところもあります(笑)。
そしてこのエリアを構成するもう一つの道が、バクダン通り。トゥボン川沿いを走っている道で、ホイアン市場もこの通りに面しています。
ホイアン市場は、バクダン通りとチャンフー通りに面している大きな市場です。
観光客向けというよりは、地元住民の買い物の場所としての色が強いかも知れません。
その他にも、お洒落なレストランやカフェが並ぶバクダン通り。夜の帳がおりる頃となれば、川沿いを中心に数多くの屋台が建ち並びます。
また、川では灯篭流しを体験することができ、インスタ映えもばっちりの名物となっています。
「こんなに綺麗な町だったんですね。妻が薦めてくれたのは嘘じゃなかったんだ」
僕の事を『センパイ』と呼んでいた男性の言葉を、ふと思い出しました。
「新婚旅行で来た時はとにかく雨が凄くて、何も見るものはありませんでした」
ベトナムの中部は9月から11月が雨季にあたり、ここホイアンも数年に一度は、かなりの水害に見舞われます。
せっかく訪れても、観光地どころか災害地域に近い状況に出くわす旅行者もいます。
「僕は彼女を責めてしまって」
ストローハットを手に持つと、ホイアンの夜景に灯るランタンに目をやりました。
「でも来てよかった。これで分かりました」
バツ2の僕が語るべきでない事は、百も承知です。でも。
彼がもう一度一人でここへ来ようと考え、実際に来た事は、何かを感じさせました。
2人の間に残された可能性が決して低くない、何かを。
ストローハットを被り直すと、その男性は確信を込めたように言いました。
「僕は大変な勘違いをしていたのかも知れません」
この記事のライター;山部拓人(ヤマベ タクト)
教育系の出版社勤めから脱サラし、売れないミステリ作家の日常へ突入。
目黒区祐天寺のアルバイトで露命をつなぐ。ミステリ好きの素養がレジ打ちで鍛えられ、プロファイリング能力として近年開花。買った物や持ち物から、人の性格や行動を推し量れるまでになってしまう。ストレス解消は学生時代に始めた一人旅。三軒茶屋在住のバツ2。