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カイベー水上マーケット「亡国のタイムマシン」 - ホーチミンと周辺の観光スポット
売れ残り作家が行く!アジア旅行記
旅を通して現地のおすすめ観光スポットや近況を
ちょっとミステリーにご紹介します
旅人・作家:山部拓人
「全ての鍵は揃いました」
彼はハンチングを傾けると、少し得意げに言いました。
僕たち日本人が、東南アジアを旅する時に求めるものって何でしょう。ま、挙げ出したらきりがなくなるかも知れません。
でも、昔の日本を何処かに投影しつつ懐かしさに浸りたいという気持ちも、多くの人にあるかと思います。
忘れ去られた過去の原風景。それでいて、決して日本国内では見る事のない失われてしまった時間。
生い茂る木の間から釣り竿を持った子どもがひょっこり現れたり、細っそりした肩からお魚を提げたおじさんが川辺をえっちらと歩いていたり、手漕ぎボートの上でおばさんが一息ついていたり。
何度来ても僕は結局、そんな一コマを見つけては旅の美味しさを感じている一人です。
ここカイベーは、そんな日本人向き情緒の宝庫。近頃では勝手にタイムマシン、と呼ばせてもらっています(笑)。
ホーチミンから車で、南西に走ること約3時間。エアで着いたなら、まずはツアーに申し込むのがおすすめです。ローカルバスで来るなら、ミエンタイバスターミナルからバスが発着しています。
ここはメコンデルタの玄関口で紹介した、ミトーの先にある町。ティンヤン省に属する県で、ヴィンロンやベンチェーにカントーといった、メコンデルタを代表する観光エリアに囲まれています。
そうそう。
ここへ着いたらまず、お試ししてほしい事があります。行き交うカイベーの人達に、和かにスマホやデジカメを向けてみて下さい。
僕も初めは友人から聞いて半信半疑でした。でも彼らは、決まってピースサインやポーズをしてくれるのです。彼らの多くは、外国人慣れしていません。
だから旅行客に興味津々。大都市には失くしてしまった人懐っこい笑顔が、そこにはあります。同じ事を、肖像権の厳しい欧米なんかでやったら、大変な目に合いますが(笑)。
そんなカイベーの町中へ入るとびっくりするのが、何気なく走っている三輪オートバイ。 初めてここを訪れた時に、呼び名を「セーラム」と聞きました。
いやいや。
実際に日本で走っているのを見た事はありませんが、あれは確かにダイハツのミゼット。サーフボードを乗せて、60年代頃の湘南を舞台に映画の中を走り回っていた車です。
荷台となった後部には、人を乗せたり荷物を運んだり。ホーチミンやハノイの大都市ではほとんど見かけなくなりましたが、カイベーではまだまだ健在らしいです。使っている人は、たいていが個人事業主。依頼すれば何でも運ぶ便利屋さんです。
郷に入っては
僕はここへ来た目的を思い返しました。彼の名はミンさん。トレードマークみたいなハンチングを頭に乗せて、セーラムで走り回っていました。
その彼の姿を追いつつ、更に町の中心部へ。
すぐにカイベー市場が目に飛び込んで来ます。
これは素朴な町に不釣り合いな感じの、巨大な屋内施設。カイベーにはショッピングセンターなんて無いので、人々は毎日ここを基本に買い物をするのだとか。
近くには青空市場もありますが、規模はこの屋内施設が桁違いにビッグです。
その周辺の道端には、100以上ものひしめく露店のテント。これらは1日中賑わっているわけではなく、あくまでも早朝がピークです。お昼頃になるとだいたいのお店がたたみ始めてしまうので、買い物はお早めに。
これはベトナム人の長年の習慣によるものだそう。郷に入れば、の言葉が頭に浮かびます。
さて同じく郷に入れば、を思い起こしてしまうのが、この眼前に広がるメコン支流の水上マーケット。
ここ観光地としては、硬派なんです。旅行客に迎合する事なく、昔ながらのタイムテーブル。
いやいや。
そんな事ないか。カントーだって、水上マーケットの事情は同じ。早朝スタートの朝飯前終了。だってこれは仕方がない。ベトナムの気候と風土に根差した、長年の習慣によるものなのですから。
「いい買い物、出来ましたか?」
後ろから、片言の日本語で声をかけられました。
振り向くと、手を振るハンチングの男性。ミンさんです。岸につけたボートに立っていました。
古くから水上マーケットといえば、カントーがメジャーで観光地でも定番。
しかし、ここカイベーは日帰りで行けるという点から、近年注目されているのです。それにしても、月日が経つのは早いもの。彼が便利屋をしていたのは、3年近く前の話だったようです。
僕は握手をして、ミンさん所有のボートへ乗せてもらいました。
ツアーで来たなら、専用の綺麗な大型ボートですが、今回は業務用の連絡に使う小さなボート。乗り心地はだいぶワイルドになります。
水上に浮かんだ、大小たくさんの船が見えました。卸売り船と小売り船です。
簡単な見分け方は、長い竿に自船の取り扱いアイテムを吊るしているのが卸売り船。小売り船は、その周囲で買い付けや観光船相手の販売をやっています。
販売メニューは日用品や軽食等。丼でラーメン?みたいなものを食べさせてくれる船も見かけました。
ミンさんはあれから、便利屋で得た資金を元に水上マーケットでの仕事を始めたそう。今では大きな船を2つも持ち、来月には小さな自分の会社を開く予定だと聞きました。
いやいや。
面目ないです。こちらは相変わらずの売れないミステリを書いてますと言うと、笑ってくれました。
ミンさんの夢
遠くカトリック教会の建物が、青い空に映えます。
この街も、かつては船が主たる交通手段だったのでは。ボートに揺られながら、そんな考えがふと頭を過ぎりました。
川が目抜き通りだったのでしょう。たいていの建物は川に向かって建てられ、川に沿って商店が並んでいます。
ヨーロッパの都市建設手法であるビスタが、ベトナムにも多く残ると聞きました。
水上に柱を立ててその上に家を作る。通称、高床式の住居も多数見えます。外から来た僕達旅の人間には、異国情緒漂うメコンデルタらしい光景です。
それでもミンさんはあそこで生まれ、その為に人一倍の苦労をして三輪バイクを手に入れました。
住所すら持てない人間だけれど、お母さんは僕を元気に産んでくれた。
ミンさんは笑います。
水上居住エリア出身のデメリットなんか、ものともしない笑顔。そしてその顔は、少しはにかんだものに変わりました。
大切そうに、1枚の写真を取り出します。
前から結婚したい女性がいたのだと、突然のカミングアウト(笑)。
会社が軌道に乗ったら、彼女のご両親に会いに行くのだそう。
ミンさんはこの夢の為に、一つずつ目標をクリアして来たのに違いありません。
僕は笑いながらも、不思議と涙が出ていました。保険も社会の後ろ盾もなく、それでも逞しく生きる。こんな人達が沢山いるこの国の向かう先は、きっと明るいはず。
日本も昔はそうでしたね。何だか眩しくてたまりません。
「全ての鍵は揃いました」
彼はハンチングを傾けると、少し得意げに言いました。
この記事のライター;山部拓人(ヤマベ タクト)
教育系の出版社勤めから脱サラし、売れないミステリ作家の日常へ突入。
目黒区祐天寺のアルバイトで露命をつなぐ。ミステリ好きの素養がレジ打ちで鍛えられ、プロファイリング能力として近年開花。買った物や持ち物から、人の性格や行動を推し量れるまでになってしまう。ストレス解消は学生時代に始めた一人旅。三軒茶屋在住のバツ2。