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バイディン寺・チャンアン「郷愁のハイブリッド」 - ハノイと周辺の観光スポット
売れ残り作家が行く!アジア旅行記
旅を通して現地のおすすめ観光スポットや近況を
ちょっとミステリーにご紹介します
旅人・作家:山部拓人
「これがトリックの全てよ」
彼女は得意げに言いました。
僕がそこへ向かったのは、古くからの友人の一言が引き金です。ニンビン市の中心部から西へ約17キロ。古都ホアルーや景勝地チャンアンにも近いエリアに、バイディン寺はあります。
ネタの宝庫
失礼を承知で言えば、このお寺はネタの宝石箱でした(笑)。まず、やたらと新しくて古い。 とりあえず、バイディン寺のお寺としての歴史は古い部類に入ります。 時は今から千年前の、李朝時代。バイディン山にある、石灰岩で出来た洞窟の中に開かれたのが始まりとされています。
それだけなら普通の古いお寺で済みますが、その敷地内に更に最新型のお寺が建立されてしまったので、かなり状況が変わります。これがとにかく桁外れなネタだらけ。アイテムの記録的な大きさと、数の多さを誇ります。
はじめにアジア最大の釈迦金銅像、そして東南アジア最大の弥勒菩薩の銅像、ベトナム国内最大の梵鐘、アジア最長の羅漢回廊、ベトナム国内最多の羅漢像、ベトナム国内最大の井戸、仏教寺院の敷地内としてはベトナム国内最多の菩提樹などです。
そして新旧2つのバイディン寺と仏教学院や公園などを含めた総敷地面積は700ヘクタール。僕達日本人に分かり易く表現するなら、東京ドーム約149個分です。これは、東南アジア最大の規模なのだとか。 いやいや。もうこれは、ほぼほぼテーマパークです。
実にまじめなテーマパーク
まず駐車場でバス等から降り立つと、そこにはずらりと電気自動車が並んでいます。5分くらいのドライブで門へと到着。この門がまた、何処かの海沿いのテーマパークに来た感を煽るスケールと眺めを放ちます。お寺に観光で来て、ここまでワクワクと高揚する事は普通にないでしょう。
そして初めの階段では、五百羅漢像達が待機。本堂までの道を楽しませてくれます。この五百羅漢像、500体それぞれが違う顔で違うポーズ。そして、違う意味をもっていると聞きました。仏像がこんなポーズでいいのだろうかと思ってしまうような笑える像や、インスタ向きの像も多数あります。
自撮り棒を持った女性グループが、あちこちで像を占拠していました。このあたりの工夫と言うかアイデアも、いい意味で寺院や宗教施設離れしていると思います。 ただそこは信仰心の深いベトナム。よく見ると、仏像様は何故か黒光りをしていたのです。これ、参拝者の中に全ての仏像にお祈りしたり、摩ったりしながら進む人が多数いる為なのだそう。実に真面目なテーマパークです。
楽しく階段を登りおえると、メイン本堂がお出迎え。趣ある外観とは裏腹に、中には眩しいほどに輝くベトナム最大の銅の大仏3体の他、釈迦の像等が納められていました。いや、もうお腹いっぱいです(笑)。 さてここで、本堂を後にしたほとんどの旅行客は、美しい寺院と共に周囲の雄大な自然にうっとりするのだとか。
旧友からの挑戦
しかし今回の僕には、そんな優雅で高尚でこなれた時間はありませんでした。ジーンズのポケットからスマホを引っ張り出します。
「ニンビンに出来た2つの謎とは、バイディン寺が2つになってしまった事。これが正解でしょう?」
電話口に出た相手への挨拶もそぞろに、少々興奮気味に僕は言い放ちました。 相手は一通り爆笑。そして懐かしい声を返して来ます。
「予定通りだわ。拓人、やはりあなたは来たのね」
彼女は、ここニンビンに住む古くからの友人。 いや。彼女をただ、友人と呼ぶには恐れ多い。大学の夏休みに、ホームステイでお世話になったホストファミリーの女性で、ベトナムでの母親にも当たる人物です。
正直に言って、自称得意だとする彼女の手品のレベルは、あまり高くはないでしょう。しかし、明るい性格と飛びきり美味しいフーティウ料理の腕前は、僕がこの国を大好きになった理由に違いありません。
「ニンビンに出来た2つの謎とは?拓人にはこれが解けるかしら」
そんな、文字通り謎めいたメッセージを、彼女が残したのが先週末。 まるで何かのミステリ小説です。僕は居ても立っても居られない状態になり、慌ててシフトの代わりを見つけるや飛行機に飛び乗っていました。
あ、そうです。 いつものレジ打ちのバイト。休んじゃいました。 僕がいきなり休む事はあまりないので、店長さんもびっくりしていましたっけ(笑)。
世界遺産チャンアン
「惜しいわね。2つの謎。これは単純に2つあると言う意味の他に、二面性やハイブリッドという意味も込めたのよ」
そこまで聞いた僕は、スマホを手にしたまま、もう一つの場所へ向かって駆け出していました。 向かう先は、世界遺産のチャンアン。タクシーを見つけると飛び乗ります。
「久し振りにフーティウを作るから、帰りに寄りなさい」
と、彼女からのありがたいお言葉。 僕はスマホに向かって、何度も何度も頭を下げていました。 ここニンビンでは、基本的にフォーが主流です。しかしタイニン省育ちの彼女は、同じ米粉の麺でもフーティウが得意料理。そうめんにも似た麺の細さとコシが、無限に食べられそうな魅力を放っています。
そうこうする間に、15分程度でチャンアンへと到着。タクシーを降りて、入場ゲートをくぐります。 彼女の言った2つの謎には、ここチャンアンで思い当たるものがありました。 チケットを購入すると、スタッフの誘導に従いボートに乗り込みます。近年に出来たもので、ハイブリッド。とにかく体験してみるしかありません。 同乗したのは6人程の旅行客。だいぶ久し振りではありますが、約2時間のクルーズへと出航する事にしました。
スリル満点の洞穴
水鏡のような清らかな水面が、桂林にも通じるカルスト地形と森の木々を映し出していきます。 水中に目を凝らせば、そこもまるで森のような水草の群生。更にその間を縫って、軽快に泳ぎまわる小さな魚が見えました。 顔を上げると、手の平に乗りそうな小さなカモ達が泳いでいます。水中に潜っては小魚を捕るその姿が、何とも愛らしい感じ。
程なく、風光明媚な奇岩と大自然の息吹を存分に湛えた山々が、目の前に迫ってきます。 その先には、川の侵食によってできた洞穴がぽっかり。まるで大きな口を広げているみたいに、僕達を待ち構えていました。
すると、やにわに船頭さんの目つきが鋭くなりました。 身を低くして、何かのタイミングをはかります。ここニンビンもチャンアンも約10年振りなので、忘れていました。
そうです。 船頭さんは、この船体ギリギリの狭い洞穴を、通り抜けるつもりだったのです。 見えてくるのは仄暗く光る向こう側の出口。曲がりくねった洞穴の中を、船頭さんの見事なオール捌きがクリアして行きます。
時には頭上スレスレを擦る感じや、船底をノックする音まで聞こえてきました。眼前まで洞穴の壁が迫る場所すらありますから、とりあえずスリルは満点。クルーズ始めの、あの癒し系ムードから一変してしまいます。 その緩急の刺激がよかったのでしょうか。僕の中で、彼女の問いかけた謎がゆっくりと解けていくのが分かりました。
ハイブリッドな世界遺産
コースの途中では、川岸にぽつぽつと建てられた寺院が目に入ってきます。 不思議です。寺院や教会に時折あるパターン。何故このような不便な場所に建てるのか?と思わせるパターンです。 そして、だからこそそこはまるで、仙人の住む地のような雰囲気を感じさせていました。寺院と奇岩の織り成す完成された景観は、これを建てた人々の思いを納得させる事となったのでしょう。
世界遺産〈チャンアンの景観複合体〉とは、文化遺産と自然遺産の両方の要素を合わせ持つ複合遺産です。 難しい言葉を使うと〈初期人類が自然環境と相互に作用しあい、3万年以上に渡る気候的・地理的・環境的諸条件の大変動に順応してきた方途を示している〉のだそう。要するに太古からの足跡が確認出来て、自然も素晴らしいと言う事なのです。
個人的には、奇岩(自然)のなかに寺院(文化)のあるこの風景こそが、複合遺産であると感じました。
「2つの謎。解けましたよ。チャンアンの複合遺産ですね」
ボートから降りた僕は、すぐに電話をしていました。 チャンアンの複合遺産。この世界遺産を構成している2つの要素には、まだまだ謎が残っています。そして、確かにこの世界遺産はハイブリッドだと言えました。
ただ、僕にはまだ残された大きな謎があったのです。
「気になっていたんです。さっき電話で予定通りって言っていたでしょ?」
手品好きな彼女が、電話の向こうで嬉しそうに笑いました。 そしてそれがひと段落すると、懐かしく温かな声が返って来ます。
「あのメッセージを聞いたら、必ずニンビンに来てくれると思ったのよ。拓人は昔からミステリが大好きだったから」
彼女は得意げに言いました。
「これがトリックの全てよ」
この記事のライター;山部拓人(ヤマベ タクト)
教育系の出版社勤めから脱サラし、売れないミステリ作家の日常へ突入。
目黒区祐天寺のアルバイトで露命をつなぐ。ミステリ好きの素養がレジ打ちで鍛えられ、プロファイリング能力として近年開花。買った物や持ち物から、人の性格や行動を推し量れるまでになってしまう。ストレス解消は学生時代に始めた一人旅。三軒茶屋在住のバツ2。